自分の感じたことだけ

いま、この場所で

『天気の子』のクソコラはなぜか面白い。

※このブログには「天気の子」のネタバレが含まれています

始まり

10月某日、某映画館。

一周ほど遅れてしまったが、いい加減話題の「天気の子」を見に行くことにした。

理由は、周りの新海誠監督ファンが「もう、俺達の好きだった新海誠はいなくなってしまった。」と途方にくれていたからである。彼らは「君の名は」に対しても否定的だったので、「君の名は」が結構好きだった私としては、どんな作品か楽しみである。

意気揚々と出発し、上映30分前に映画館に到着。すこし気が急いていたようだ。近くにあった銀だこを食べながら時間がすぎるのをまつ。

10分前ごろになったので映画館へ突入。オンラインで席の予約、支払いまで完了していたので、映画館では発券するだけですぐ入れた。最近の映画館はすごい

購入した席を探す。中央スクリーンに向かって左側。悪くない席だ。

席を見つけて座ると、あることに気づいた。

周りが全員カップルである。

左も正面も後ろも右もカップルである。なんということだ。私はあまり一人でいることを気にしないタイプだが、流石に引け目を感じた。これが「君の名は」現象か。だが、座ってしまえばこちらのものだ。堂々と座る。負けるな自分

CMではアナと雪の女王2をやっていた。あれも随分人気だったもんなぁと思いつつ、眺める。しばらく宣伝が続き、いつものマナー講座や映画泥棒もすぎた。さて、そろそろ映画が始まる。一体どんな物語が待っているのだろうか。ワクワク。

感想 

といいつつ、映画の内容はあまり触れないでおく。気になる方はぜひ映画館で観てみよう。ざっとあらましを書くと、「社会の現実と青春のぶつかりあいで、最後は青春が勝つ。ハッピーエンド。しかし社会の側から見るとバッド・エンド」という感じである。手抜きな紹介のようで、実はみたまま手抜きであるが、映画を見た方であれば納得いただけると思う。前回の「君の名は」と比べて、手放しのハッピーエンドというわけではまったくないというのが特徴である。新海誠監督が自ら「賛否両論を受ける作品になる」と書いていたが、たしかにこの結末は嫌がる人もいるだろうと思う。特に日本は、社会が個人よりも優先される風潮があるので、そういう点では海外よりも顕著な反応があるだろう、という感じがする。

よくある「主人公が自分の思いを貫いて、主人公たちは救われて、結果世界も平和になる」というのではなく、「主人公が自分の思いを貫いて、主人公たちは救われるが、結果世界は間違いなくそのせいで被害を受ける」という流れなのである。

まぁ、個人的には世界と恋人を天秤にかけられて「やっぱり青い空がいいよね」と選ぶような主人公はどうかと思う。主人公には周りを気にせず人生やりたいことやったもんがちを体現してほしい。ただ、たまには世界を優先するギアス的な方もそれはそれで面白そうなので、新海誠監督の次回作に期待。

音楽・映像については、RADWIMPS新海誠監督のタッグということで、私が知る限り2回めだけれど安定感あるなぁという感じ。RADWIMPSの歌声は新海誠作品に合いますね。まぁちょっと「君の名は」からの流れで食傷気味なところもあるが、表現されている世界観はとても素敵でした。

だが

ここからが本当に書きたかった部分。ネタバレがあり。

「天気の子」を観た私の感想としては、「消化不良」ということになる。

なぜか。

この「天気の子」という作品では、重要なモチーフとして「拳銃」がでてくる。

おもちゃではない。本物だ。

まだ観たことがない方は「えっ?」と感じられるかもしれない。安心してほしい。私もそうであった。どのように使われるかはぜひ本編を見ていただきたいのだが、結構序盤の方でこの拳銃は出てくる。そしてそのときの私の感想も「えっ?」であった。

そしてこの最初で感じた違和感を解消しきれず、違和感をずっと感じながら、違和感を抱えながら、最後まで観てしまった。

そういうわけで、消化不良という感想になる。

映画を見終わったあと、周りの声を聞いていると、泣いている人や「映像がとても素敵だった」「音楽サイコーだったね」というのが多かったので、気にしているのは私だけかな?と思った。カップルに囲まれていたから不貞腐れて斜に構えてしまっただけかもしれない。負けるな自分。

だが、どうしても気になって、他の方の映画の評価・感想を観てみると、意外と「銃がなぜ出てきたのわからない」という感想が多く見受けられた。どうやら違和感を感じたのは自分だけではないらしい。これは少し考えてみてもいいかもしれない。

どうして私は銃に違和感を覚えたのだろうか。

推測1:現実における「拳銃」の非日常性

ドラえもん」を例に上げて考えてみる。

ドラえもんの主人公である野比のび太は、知る人ぞ知る拳銃の達人である。作品中で空き缶にピストルの弾丸6発を空中で全弾命中させるという離れ技をみせるWikipediaより)こともあるらしい。

というわけで、ドラえもんの世界にも拳銃が出てくるわけだが、そのときは必ず舞台が西部劇であったり、明らかにファンタジーである世界という設定がある。拳銃があることを説明するだけの背景がそこにはあるのだ。私が知らないだけかもしれないが(何しろ私が生まれる前から続いている)、おそらく普通ののび太たちが暮らしている、いわゆる現実に突然「拳銃」というアイテムは出てこないはずだ。せいぜい空気砲か、地球破壊爆弾ぐらいである。

いかに日常において「拳銃」が異質な存在であるか。それを考えるために、例えば以下のような流れを考えてみてもらいたい。

学校のテストで0点を取り、みんなの笑いものにされるのびた。放課後、いつものようにジャイアンにいじめられ、スネ夫には嫌味を言われ、それをなんとかやり過ごし、帰宅の途につくのびた。疲れからか、道にあるゴミ箱を蹴飛ばしてしまう。倒れたゴミ箱の中に、見慣れない紙に包まれた物体を見つける。興味からそれを開いてみると、それは「拳銃」であった。「おもちゃ…だよね…」といいつつ、のび太は「拳銃」をかばんにしまう。

いかがだろうか。こんな唐突に日常に「拳銃」がでてくることがあるだろうか、だいたいそんなところに拳銃は落ちていない、あとなぜそのままかばんにしまってしまうのか、と猛烈な勢いでツッコミたくなってしまわないだろうか、少なくとも私はなる。これならいきなり可愛らしい謎生命体に「僕と契約して魔法少女になってよ」と言われる方がまだ自然だ。

というわけで、「拳銃」というのは、こと日本において、いきなり拾ったりできるものではないというのが一般的な感情ではないだろうか。それをいきなりなんの説明も背景もなく出されてしまうと、どうしてもツッコミのほうが大きくなってしまい、いわゆるついていけない状態になってしまうのではないか、というのが私の違和感の解釈である。もしかするとニューヨークとかではすんなり受け入れられのかもしれない(昔はウォルマートで買えたらしい。今はだいぶ厳しくなったようだが

【突撃取材】ウォルマートに銃を買いに行ってみた。乱射事件の原因は本当に「売り手のユルさ」なのか | BUSINESS INSIDER JAPAN

)。

推測2:銃はなんのためにあるのか?

答え:人を撃つため。

 

と、冗談のように書いたが、よく考えたら冗談でもなんでもなかった。

そう、銃は人を撃つものである。実際には「自分の身を守るために」とかいろいろ枕ことばがつくだろうが、最終的にはそうである。

では、「天気の子」ではどうか。

答えは実際に映画館で観てほしい。

 

 

 

 

といいたいところだが、ここでは書いてしまおう。「天気の子」では一体なんのために銃があるのか。

これはあくまで私見であり、色々な解釈があると思うが、私にとってこの作品における銃は、「子供である主人公にとっての、大人への対抗策」である。

本作において、はじめからずっと、主人公は本当に無力な子供である。そんな子供が大人に無理を通すにはどうしたらいいか。話を聞いてもらうにはどうしたらいいか。答えは簡単。

銃を向けるのである。

もちろん人を撃つことはない。発砲は行われるが、人には当たらない。あくまで、ただの子供である主人公が、大人に話を聞いてもらうための手段として「拳銃」は存在する。確かに、「拳銃」を向けられて無視できるメンタリティを持つ人間はまずいない。日本には範馬勇次郎ぐらいであろう。

だが、ここには2つツッコミポイントがある。

「いきなり人に銃を向けるのやべえな」と、「せっかく撃つなら当てろ」である。

一つ目は、説明せずとも健全な皆様にはきっとわかっていただけると思う。「人に銃は向けちゃいけません」。

大事なのは2つ目だ。とはいえ、健全な皆様には少し説明が必要かもしれない。断っておくが私は血に飢えているわけではない。だが、海外の刑事ドラマ(メンタリストとかハワイ・ファイブ・オーとか面白い)を観てきたので、どうしても頭をよぎってしまうのである。当てろ!と。

勿論、私は「天気の子」で人の血が流れるというのは1ミリも思っていなかったわけで、そんなことは期待もしていなかったのだが。拳銃が登場した時点で意表を突かれた私は、「もしかして」と思ってしまったのだ。

そして、はじめに主人公が身を守るために銃を構えるシーン。

構えられた相手(チンピラ)は一瞬怯むが「どうせおもちゃだろ」と強がり主人公に近づく。

そして主人公は目を閉じ。銃声が響き渡る。

カメラは空へ振られて―――。

 

「これ、もし血だらけで不良が倒れていたら、マジ新海誠監督リスペクトだわ」

 

と、私が思ったのも束ノ間、画面は撃ち抜かれた缶ゴミと怯える不良に戻る。

…いや、わかってはいたよ。それはそうですよ。当然そうなんですよ。ここで人撃ち殺しちゃったら「天気の子」どころじゃないよ。「不良の子」だよ。「あの子は昔はこんなことをする子じゃなく、優しい子供だったのに…」って泣いてるお母さんが映し出されちゃうよ。モザイク入りで。

でも、やっぱり、拳銃を出すのであれば、人を撃たないと、撃ってもらわないと、どこか納得しきれない、「嘘だろ」と思ってしまう自分がいるんです。どこかに。

事前に聞いていた「セカイ系」という言葉の意味をよく知らなかったので、「なるほど、これでこの人を殺してヒロインの力でタイムリープしてまたやり直すんだなセカイ系ってすごいな」というところまで妄想した私のドキドキを返してほしい。

と、いうわけで、かなり個人的な思い入れだが、やはり拳銃は「人を撃つ」ためにあって、そうでなければ出る意味が薄いのではないかというのが私の根底にはある。

これが違和感の正体なんじゃないかなと思ったりした。

 

最後に

色々書いたが、本田翼さんがかわいいので「天気の子」を観ましょう。

P.S. 

クソコラが好きな方はぜひ。

 

天気の子のコラ画像「短気の子」が投稿されたら大喜利状態にwww | こぐま速報

 

 

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